■日本建築の特徴 | | |
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1.骨組みの文化と壁の文化 | 日本人は水平に広がっていく空間を求めているのに対して、壁の文化をもった人たちは、上のほうへ広がっていく空間を求めている。 | |
| 大陸の影響の濃い禅宗建築以外天井に空を描くことはない。
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2.日本建築の色付け | 数寄屋風の書院の素木の柱に白い漆喰壁の取り合わせや、茶室の自然のままの柱に渋い色の土壁の調和は、実は大正年代の末か昭和に入ってから一般化した傾向で、早くてもせいぜい明治からなのである。とくに住宅や茶室といった数寄屋風の建築についてもっているイメ-ジは、たかだか50年ほどの間に作られてきたものなのである。
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3.柱 | 礎石の上に柱を立てる方法が一般的になるのは平安時代のことである。 | |
| 平安時代も半ばを過ぎると、丸柱が次第に姿を消し、中世以降の住宅では角柱が普通になった。
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5.軒と縁 | 軒下は、日本建築独特の空間である。 | |
| 家の中とも外ともいえないこの場所がもっていた性格について考え、現代の住宅にもこのような空間を再現したいものである。
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6.床 | 履物を脱いで床の上に上がる生活習慣をもっている人々は、世界中探してもそう多くはない。 | |
| 縄文時代のことは分からないが、弥生時代の住居に、床があったことは間違いない。床は初め板敷きといわれていた。 | |
| 畳は、初め置き畳の形式であった。畳の寸法を基準にした柱の間隔は、室町時代の七尺(2.12M)から次第に小さくなり、江戸時代の初めには京都では六尺五寸、江戸などでは六尺が普通になった。京間の設計法は、六尺三寸X三尺一寸五分の畳を敷くことを想定して部屋の大きさを決め、その外側に柱を立てる。 | |
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7.天井 | 中国では天井のことを承塵という。寝殿造りには、天井はなかった。 |
| 天井のすぐ下のところに柱を見せない壁がある。この幅の狭い壁を蟻壁と呼んでいる。蟻壁があるので、天井が浮いて見える。天井はある程度はなれて見るだけなのだから、床に贅沢をするほうが合理的である。
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8.壁 | 日本の住宅では壁が大変少ない。室内では、内法の上の小壁の部分を白土塗りとするのが普通の手法であった。
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9.扉 | 外国ではドアは内開きが普通である。日本ではほとんど外開きである。
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10.戸 | 障子は日本人の発明と言ってよいだろう。
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11.窓 | 壁の中に穴をあけたのが窓ならば、伝統的な日本の住宅には、窓はほとんどないことになる。
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